地元意識と高校野球

 夏の高校野球は終盤を迎えている。延長に次ぐ延長、快打に次ぐ快打。
 活躍しているのは、大半が私立高校だ。2000年代に入り、公立校のベスト8入りは1~2校、出場自体も少ない。そんな中で、他県から選手を集める「野球留学」に対し、「地元意識」を見る公立校もしくは私立校に甲子園の観客の目が集まるケースがある。
 先日の青森山田 対 彦根東戦。滋賀でも超がつく進学校である彦根東側のスタンドは、(甲子園から近いということもあったのか)「井伊の赤備え」を受け継いだように赤かった。
 一方の青森山田も、一昔前の「地元代表全然いない系」のイメージを覆すような、青森の選手を中心にしたメンバー。まさしく、地元愛をぶつけ合う試合だったのではないかと感じた。ちなみに、この試合で青森山田は「紅」を演奏していたが、赤備えに紅をぶつける度胸、恐れ入った。
 結果としては青森山田の勝利だったが、このような地元愛がぶつかりあう試合は珍しい。熊本代表の秀岳館は、以前大阪のクラブチームをまるまる引き抜いて話題になったし、今年に関しても数割が私立校の野球部だなあ、というメンバー構成だった。
 観客は、もっとスケールを大きくするならば、各都道府県民はどのようなチームに地元意識を覚えるのか。県立校でも私立校でも気にしないという人が多いと、ことTwitterでは思う。あるいは、周りに聞いてもわかる。県境に住む方ならば、むしろ隣県の代表を応援するケースもあるかもしれない。
 選手に関しても、別に地元意識が重要ではない、と思っていそうだ。学校の地元に愛着を持つことはあるけれど、寧ろ大事なのは指導者のカリスマ性や能力、設備、そして強豪校という力であって、それならば他県に行くことも辞さない姿勢は、若き力として称えるべきだ。
 では、観客の地元意識とはなんだろうか。
 先の構図はすこし中国の卓球のようだ。特に大阪府でリトルリーグに所属していた選手が流出するのは、大阪のような強豪校揃いの地区では地区予選すら難しいと思うからだろう。これが、国単位になると、「うちの選手じゃないのか!」と思って、見るのをやめてしまう。事実、日本の場合、自国選手が活躍しているから卓球を見ているという方は多い。
 ただし、これはプロとアマの違いなのだろう。プロ競技でそれも国を代表しているスポーツと、アマチュアで(まるでセミプロだが)一応県の代表を謳う高校野球では、多少事情が異なりそうだ。自国選手だと国元に帰ったら全国的に「よくやった!」と讃えられるが、高校野球なら別に他県の選手で構成していても、その県の高校が優勝したら讃えられない・喜ばないということはない。
 政治の落下傘候補かな、とも思った。議員になってくると、住民は「地域の代表としての自覚」を欲することになるし、高校野球も「何」を代表しているんだ、となることもあるだろう。しかしやはり高校野球がそこまで求められているわけでもない。ある意味では、地区制でないならば、「進学留学」と区別がつかない(もっとも、進学の場合は県を代表する必要はまったくない。そんなのを強調しているなら、それは何かの大人だ)。
 むしろ、高校野球の場合は、地元意識以上に「部活の定義とは?」という所が問われているのではないかと思う。「部活先立・勉学二番」なところもある。インタビュアーが煽ったようではあったが、下関国際高等学校の監督は『文武両道は難しい、「野球」という武器を、と考えている』なんて話をしたこともあった。
 そうなると、観客の地元意識とは、観客の中での自己完結という形がほとんどではないのか。
 ――何か関わったわけではないけれど、何故か応援したい……。
 そのふわふわした不安定な意識のその一方で、強固に、ここに勝って欲しい!と思う気持ちで見つめる観客もいる。それは、明確な「地元意識」ではないだろうか。
 と結論付けるつもりだったが、もしかするとこの考えから選民思想に繋がりかねない話だな、と思う。まるで、『地元意識がない奴はふわふわしてるってのか!』と言われそうな結論だ。まだ明確な答えはないが、地域性の間に挟まれて「地元意識」などない自分が考えて本当に正しいことはあるのか、とも思う。

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