今週の700文字「別れの現場の本質」

 僕は別れ際に悲観的になるようでは、まるでなくしたものをまだ探している子供みたいでなんだか落ち着かないなと思ってしまう。それでも、僕はたまに心に一抹の寂しさを浮かべては、それを心の引き出しに入れてぐっと閉じ込め、かと思えばふとした時に眺めてみて懐かしさの幻影を追ってみる。そこに未来はない。分かっていてもすがることは、おそらく心を保つのに必要だと思う。人は未来に向かうが、身体は過去の積み重ねで出来ている。
 我が放送部の顧問の突然の旅立ちに戸惑ったのは僕だけではなかった。部員とは一年の経験の差みたいなものがある(同級生も去年入部してきた)が、それでも積み上げてきた信頼は大きく、それなりの心配と不安があった。うちの顧問は放送部経験者だ。そういうひとが顧問として放送部にいるのは相当珍しいケースだとも思う。幸い放送部とは顧問ありきではない所も多いのだが、そうは言ったって事務的にはかなり顧問方の力を借りることも多い。
 先生は云った。
「別れは悲しかったらアカンやんか」
 先生も不安だったろう。違う道に踏み出して、再びこういった現場に帰ってくるとはいえ、違う環境に交わる恐怖みたいなものが誰にでもあると思う。その恐怖とどう向き合っていくか、それこそが別れの現場の本質だと思う。背中を向けてドアを閉めるとき、既に決意は固めていたい。
 僕はもうあと数ヶ月でこの居場所を去り、そして一年で巣立つ。
 そういえば、以前ある有名講師の方がこんなことを言っていた。「自分の居場所を壊さないといけない時がある」。うろ覚えの格言はまたも心に響くが、言うは易し行うは難し。恩師の別れとともに実感する一言だ。

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