fhanaについてのある種の論2017 ~メジャーデビュー4周年によせて

 fhànaのライブパフォーマンスは、贔屓目で言うのではないが、場を彼らのものにしてしまう強烈な力がある。kevinさんのソロから熱気を帯びるオーディエンスは、メンバーの登場で目を輝かせる。メンバーもまた、オーディエンスに笑顔で手を振る。それは towanaさんが例えたように、太陽と月の関係にあると思う。 誰か一人が突出したパフォーマンスではない。世代が微妙に異なる演奏者3人ともがコンポーザーを務められる柔軟性と、困難を乗り越えてきたハイトーンボーカルの芯の強さが絡み合う。出るところは出て、引くところはひそやかに。 インターネット発のメンバーだが、ネットの可能性を少しずついい意味で疑い始めた眼から、新しい可能性は始まると信じていたのではないか。そういえば、佐藤氏がFLEETとfhànaの中間期に発表したボカロ曲は「Cipher」だった。意味は「0」、「取るに足らないもの」、「暗号」らしい。なかなか哲学的なタイトルだが、そこからfhànaとしては東日本大震災という大きな出来事を経て、「kotonoha breakdown」という曲を作り上げた。この二曲の間に流れる関連性を断言はできないが、ゼロからの(人々の言葉の)崩壊がはじまりの場所だったのか、と今では思うことがある。 破壊があれば再生はある。それを象徴するのは、fhànaがメジャーシーンで活躍するその真っ只中の昨年のツアーファイナルで、towanaがポリープに苦しんだ一件。 ボーカルにとっての生命線、声。気合いで乗り切ったツアーファイナル。立て続…

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